2013年05月11日
今日の気づき☆
皆さん、こんばんは、誉田です。
場の研究所の清水先生の話を聞く機会があり
その中で「生命」は一つの抽象的な概念で
「いのち」は生物が持っておる能動的な働き
いのちを動詞からみていく・・という実に哲学的な話から
始まって
病院は「生きていること」の治療を受けたり、ケアを受けたり
するけれど、人間には「生きていくこと」のケアも必要と
聞いたときに、何故かイエスキリストの「人間は
パンのみに生きるにあらず」というフレーズが出てきて
清水先生はそこで「生きていくこと」は居場所と、そこに生きて
いく人々の相互誘導合致させる2重生命的ケアが必要だと
言葉は難しいのですが、妙に納得してす~っと腑に落ちました。
また先生は疲れのことも、快い疲労は、自己の存在が居場所に
開かれており、居場所に任せた働きが生まれる
「解放された疲労」と
自己の存在が居場所に対して閉鎖的であるがために
自己が全部背負い込んでしまう「拘束された疲労」に
ついての話をしていましたが
創造的な仕事をしていると、疲れをいやす力があるそうです。
自分自身はそれで疲れが少ないのだと納得しました。
正直いろいろと考えていると楽しいし、ふっと降りてきた
アイデアを具現化してやってみて、成功しても
失敗しても学びとなるので、これからも飽きずに
いろいろやってみたいと考えていました。
行動することで学びも多くあります。
失敗を恐れないでくださいね。
場の研究所の清水先生の話を聞く機会があり
その中で「生命」は一つの抽象的な概念で
「いのち」は生物が持っておる能動的な働き
いのちを動詞からみていく・・という実に哲学的な話から
始まって
病院は「生きていること」の治療を受けたり、ケアを受けたり
するけれど、人間には「生きていくこと」のケアも必要と
聞いたときに、何故かイエスキリストの「人間は
パンのみに生きるにあらず」というフレーズが出てきて
清水先生はそこで「生きていくこと」は居場所と、そこに生きて
いく人々の相互誘導合致させる2重生命的ケアが必要だと
言葉は難しいのですが、妙に納得してす~っと腑に落ちました。
また先生は疲れのことも、快い疲労は、自己の存在が居場所に
開かれており、居場所に任せた働きが生まれる
「解放された疲労」と
自己の存在が居場所に対して閉鎖的であるがために
自己が全部背負い込んでしまう「拘束された疲労」に
ついての話をしていましたが
創造的な仕事をしていると、疲れをいやす力があるそうです。
自分自身はそれで疲れが少ないのだと納得しました。
正直いろいろと考えていると楽しいし、ふっと降りてきた
アイデアを具現化してやってみて、成功しても
失敗しても学びとなるので、これからも飽きずに
いろいろやってみたいと考えていました。
行動することで学びも多くあります。
失敗を恐れないでくださいね。
Posted by ヨーガライフシステム研究所 at
22:14